メキシコ国境を陸路で越え、あわや強制送還されそうになった時の話
12:03 GreyhoundでMonterreyを出発。バスターミナルはGreyhound専用で手荷物検査と身体検査があった。流石アメリカに関係する交通機関はセキュリティが厳しいね。
14:55 バスが橋を渡り始める。両側には川が見えるだけ。全く緊張感ないけどここが国境なのか? ふと、多摩川に壁を立てて壁代は神奈川県民に払わせると力説する小池百合子知事を想像してしまった。
14:57 Laredo国境に到着。全ての荷物を持って屋外の審査官の前に並ぶ。ESTAを持っていないと言ったら奥の部屋に連れていかれた。あれ?事前にググったら「陸路は要らない」って書いてあったんだけどな…。
3つ並んだデスクの一番奥にいた物腰の柔らかい感じの係官が担当。ESTAを持っていないこと、現在の職業がアプリ開発者であることなどを告げる。
ビザ免除用の緑色のI-94wに記入する。今までにビザ発給を断られたことがあるかとの質問には前から正直にYesと答えることに決めていたので迷わずYesにチェック。チェックしてからやっちゃったかな?と思ったけど、もう遅い。嘘は苦手なんでしょうがないでしょう。
係官は僕のその答えに気づいていないのか特に気にしていないのかパソコンに入力を始めた。が、僕をここへ連れてきた最初の係官が「なんだこれ?」と僕がYesにチェックしたところを指差して、事態はめんどくさいことに。前のパスポートはあるかというので渡すとそれらをもって物腰係官は別室へと消えていった。
待っている間、一人目の係官が僕の前を暇そうに何度も行き来して、時々、思いついたようにいろいろ質問してきた。単なる会話かと思ってベラベラ喋ってしまったが、もしかして試されたのかな?まあ、嘘つくつもりもなかったけど。
物腰係官がもどってきて、隣の橋に移送してそこで審査するからと説明され、移送のために身体検査が必要だからと説明された。選択肢はないのだから大人しく指示に従い、隔離室のようなところへ荷物を持って移動。死んだゴキブリがいたが、そんなに凹まなかった。airbnbにもいたからかな(笑)。床には固定された鉄製のベンチが一つ。壁はベニヤ板。
現金だけを手に持って、ベルト、懐中時計、iPhoneなどは鞄にしまうよう指示される。
壁に手をついて脚を開いて身体検査を受ける。しっかり局部も検査されたけど服の上からだし、まあ、超過滞在した後に再入国するときはこういうことも起きうるかなあと一応想定はしていたから、特に落ち込んだり慌てたりはしなかった。ただ、ひたすら現実感ないなあとだけ思っていた。ドラマとか映画の世界にいるみたいだなと。「ま、これも言ってみれば新しい体験だし」。マンネリが嫌で日本を飛び出した僕としては、不快であっても新しいことに挑戦しているんだからたまにはこういうことも仕方ないよ、と自分でも驚くぐらい平静だった。身体検査の後は同じ部屋で荷物も全て検査。底の方に仕舞ってあった東急ハンズで買った三徳包丁の事もちゃんと事前に伝えた。言わないで見つけられるより印象いいでしょ、きっとその方が。最後に、物腰係官が僕の所持金を数えて紙に記入していた(お札だけ)。
移送されるまでその部屋で待つ。時々「今日はどんなやつを捕まえたんだ?」と覗きに来る係官もいた。普段暇なのかな?ここは。基本的に大人しいやつだと思ってもらえたらしく、ドアは開いたままで常に監視されているわけでもなかったので、怖さは一つもなかった。ま、やつらが何を喋ってるか把握できたからっていうのは大きいか。英語ができてよかったわ。
しばらくして新しい係官が二人来て、バンの後ろに荷物を積んで移動した。上の段に乗せるとサックスが落っこちて壊れないか心配だったけど、車内には持ち込ませてもらえなかった。座席はプラスチック。移動途中、一度トペで車がかなり跳ねた。げ、サックス壊れたかも…。
車を降りて荷物を取りに後ろに回ると、扉を開けた係官が「ごめん君のサックス下におちてるわ…なーんて冗談だよ」と。おいおい。
2人は「これ?何サックス?ソプラノ?へー。君ミュージシャン?うまいの?」とカジュアルな質問。軽いなー、こいつら。「いやージャズだから儲からないよ、今は趣味」と答えておいた。
連れていかれた部屋は4つ窓口があり、その前の椅子は地面にくっついていて、さらに手錠もかかっていた。僕はかけられなかったけど。
荷物を掃除用具の横に置いて右から2番目の窓口で事情聴取開始。担当したのは女性係官。ネームタグ見たんだけど忘れちゃった。やっぱり緊張してたのかな。
女性係官は二つのパスポートのうち、特に古い方に首を傾げていた。「アメリカに永住するつもりなの?」「いいえ、観光です」「なんでESTAを取らなかったの?」「陸路は要らないってページを見たんです」「その情報は間違ってるわ」(これは後で僕のほうが正しいことが分かるのだけど…その時決定権と拳銃を持ってたのは向こうなので仕方がない…)
さらにやりとりして分かった問題は3つ。アーティスト・グリーンカード申請時に取得した滞在許可証(parole)の期限が切れていたこと、切れてから1年以上アメリカに滞在していたこと、永住申請しているのにアメリカを3年以上出ていたことだった。
良かったのは女性係官は僕の言い分をちゃんと訊いてくれたことだった。僕は僕なりにちゃんと法的根拠を調べてから来たからね。僕の言い分は、paroleはグリーンカード申請中にメキシコに行くのに必要なだけでビザ却下後は関係ないと思っていたこと、却下されてから1年以内に出国すればいいtollingだと当時の法律カウンセラーに教えられたこと(思えば金をケチってこいつを選んだのが全ての始まりだったなぁ…遠い目)、paroleを取り消さないとビザ免除プログラムの資格がないことを知らなかったことの3点。
「法的にはグレーエリアだからスーパーバイザーに確認するわ」と女性係官は上司に訊きに行った。横から質問を投げかけていた男2人の係官もぞろぞろと一緒に部屋を出て行った。本当に普段は暇なんだろうな、この仕事。今日は僕が彼らに束の間の娯楽を提供したと思うことにしよう。
部屋には僕ともう一人、我関せずといった感じの係官だけが残った。彼は最初、僕を一目見て「彼はいいやつそうじゃん He looks like a decent guy」と言ったきり一番右の窓口(鉄製のついたてで見えない)で黙々と作業していた。
パスポートがないとどこにも行けないから、待つ以外にできることはなかったけど、ここでも身柄拘束されてる感じはなかった。しばらくぼんやりと壁と天井を眺めてから、ふと目を下ろすと目の前に僕のiPhoneが置きっ放しになっていることに気づいた。アメリカから出国することを証明するために買ったニューヨークからトロントまでの航空券を見せる時に渡したのがそのままになっていたのだ。航空券を確認した後、女性係官がちゃんと電池切れを防ぐためにロックしてくれていたのは見ていたので、特に今すぐiPhoneに触れる理由はなかったけど、誰もいなかったし、ちょっと取り返したい衝動には駆られた。手を伸ばしかけて、でも、やはり良いと言われるまで待ったほうがいいか、と僕は伸ばした手を引っ込めた。
女性係官と野次馬係官たちが帰って来て、入国OKということになったと教えてくれた。複雑になっていた僕のステータス、永住目的なのか観光なのか分かりにくい状況も向こうで情報を更新してくれたとのこと。「今度からは陸路で入る時もESTAを取るか、もしくは事前にB1/B2ビザを取らなきゃダメよ」と。僕は「はい」「ありがとう」以外に余計なことは言わなかった。
荷物を持ってESTAの窓口に行き、胸ポケットに裸のまま突っ込んであった現金から$6を払う。会計の人はレシートを渡して「どうぞ」と手で促す。「え?僕はここからどうしたらいいの?」歩く…んですか?
「バスで来たんだけど、ここからはどうしたら?」と訊くと審査してくれた係官が戻ってきて、僕に「ちょっとまって」というので、大人しくそこで待っていると、なんと車で送ってくれるという。「歩きでもいいけど大変でしょ」と。普通はバイバイされてほったらかしなのに、なんて珍しい!審査中は厳しかったけど、なんかとっても親切な人だ!
男の係官と親切な女の係官に続いて施設を出ると灼熱の太陽だった。男性に続いて車に乗る。「荷物はトランクじゃなくて後部座席でいいだろ」と男性がいうのでその通りにし、後部座席で座っていると女性がやってきて「あれ?彼は?」「後ろ」僕に向かって「本当は私が後ろに乗らなくちゃ行けないの」と言うので「今から僕が前に座りましょうか?」と答えると「いいわよ、信用してるから」と女性。僕には理由がすぐ分かった。「ああ、よくマフィア映画とかである後ろからワイヤーで首絞めるあれを防ぐためですよね?」「そうそう。貴方は良い人だからそのままでいいわよ」男性も続けて「そうそう。そもそも君がいい奴だと判断しなかったらメキシコに送り返しただろうしね。」
僕が乗ってきたバスはとっくの昔に国境を出発していなくなっていた。そこで、彼らは僕をグレイハウンドのバスターミナルまで連れて行ってくれることになった。男性係官は振り返って僕にこう言った。「本来送迎はやってないんだけど、君は特別だよ」と言って少し微笑んだ。
バスターミナルに着くと僕は「特別に親切にしてくれて本当に感謝してます」と答え、荷物を後部座席から引きずり下ろして、バスターミナルがあるという建物に向かって歩き始めた。